魚を食べる世界は、獲るだけでは足りなくなった
夕食の魚を思い浮かべるとき、海で網を引く漁船の姿が浮かぶだろうか。それとも、岸辺のいけすや陸の養殖池だろうか。世界の生産記録を見ると、後者の存在感が想像以上に大きくなっている。
国連食糧農業機関、FAOの報告では、水生動物の生産量で養殖が漁獲を初めて上回ったのは2022年。2024年には養殖がおよそ一億三百万トン、漁獲がおよそ九千二百万トンとなった。世界を一つの魚売り場と考えると、並ぶ量の構成が大きな節目を越えたわけだ。
ただし、ここでいう水生動物には魚のほか貝や甲殻類なども入り、海藻は入らない。スーパーで「水産物」と呼ぶ範囲と、統計の集計範囲を少し揃えてから眺めよう。獲る量と育てる量の逆転、その先にある地域ごとの食卓の違い。二つのグラフで、いつもの魚介類を世界の履歴へつないでみる。
二本の棒は、二〇二二年に入れ替わる
最初の図は、2020年、2022年、2024年を扱ったFAOの公表値を並べたものだ。2020年は漁獲が9,030万トン、養殖が8,750万トン。漁獲のほうが多いが、差はすでに280万トンまで近づいていた。
2022年になると、漁獲9,100万トンに対して養殖9,440万トンとなる。二本の棒の順番が変わり、養殖が340万トン多くなる。そして2024年の概数では、養殖が漁獲を約1,100万トン上回る。ほとんど並んでいた二本が、逆転後には少し離れて見える。
この図は各報告がその時点で示した値を並べたもので、後年の遡及改訂をすべて揃えた一つの時系列ではない。そのため、ここから小数点以下まで精密な成長率を出すことはしていない。追っているのは、報告に残った逆転の位置と規模感だ。
面白いのは、漁獲側の棒が消えて養殖へ置き換わった形ではないことだ。漁獲は九千万トン前後の大きさを保ち、養殖側の増加によって合計の構成が変わった。漁船の出番がなくなったという物語より、世界の供給を支えるもう一つの大きな柱が伸びてきた、と見るほうがこの図に合っている。
長い時間へ引いて見ると、FAOは漁獲の生産量が一九八〇年代後半以降、おおむね八千六百万トンから九千四百万トンの範囲にあると説明している。三つの年だけの偶然の並びではなく、漁獲が一定の幅で推移する一方で養殖が供給の伸びを支える、という長い履歴の中に今回の逆転を置ける。
ただし横ばいというのは世界の合計についての話だ。国別や魚種別に見れば増減はあり、同じ合計の下でも内訳は動く。世界の棒が似た長さだから毎年同じ魚が同じ場所で獲れた、とまでは言えない。

グラフの数値を表で読む
| 国・年 | 漁獲 | 養殖 |
|---|---|---|
| 2020 | 90.3 | 87.5 |
| 2022 | 91 | 94.4 |
| 2024 | 92 | 103 |
世界の平均と、アジアやアフリカの食卓は違う
二つ目の図では、生産する場所から食べ物が届く側へ視点を移す。FAOが示す2023年の水生動物食品の一人当たり年間供給量は、アジアが26.3kg、アフリカが9.1kg、世界平均が21.1kgだ。
アジアはアフリカの約二・九倍になる。同じ地球で魚介類の生産が増えていても、一人当たりに均した供給量は一様ではない。世界平均の棒だけを見ていると、その両側にある地域差が隠れてしまう。
年間の数字を十二で割って、ひと月当たりの規模に直すと、アジアは約2.2kg、アフリカは約0.8kg、世界平均は約1.8kgになる。これは月別の食事調査ではなく、年の値を均等に分けた換算だ。大きな年単位の棒を、暮らしの時間に近づけるための計算として見てほしい。
なお供給量は、一人ひとりが実際に口にした量を測った栄養調査の結果ではない。また、地域平均の中にも国や家庭による違いがある。図が示すのは、全員の食卓を同じ量にした姿ではなく、地域全体の食料供給を人口で割った景色である。

グラフの数値を表で読む
| 国・年 | 値 |
|---|---|
| アジア | 26.3 |
| 世界平均 | 21.1 |
| アフリカ | 9.1 |
海藻を足すと、「水産物の総量」は別の数字になる
魚介類の統計を探すと、同じ年について一億九千五百万トンという数字と、二億三千五百万トンという数字が出てくる。どちらかが間違いとは限らない。2024年を扱うFAOの報告では、前者が水生動物、後者が海藻を含む漁業・養殖業全体の生産量だ。
差は概数で四千万トンになる。海藻を加えるかどうかで、比較の土台がこれほど変わる。魚売り場では海藻も魚介類も近くに並ぶかもしれないが、「養殖が漁獲を上回った年」という問いに答えるときは、同じ対象同士を比べる必要がある。
養殖側だけ海藻を含め、漁獲側は水生動物だけにすると、もともと違う範囲の棒を並べることになる。そこでこの記事の最初の図では、両方とも海藻を除いた水生動物に揃えた。
総量の違いに出会ったら、まず何を足した値なのかを見る。海藻という一つの分類を意識するだけで、別々に見えていた大きな数字が、一枚の帳簿の別の行だと分かる。世界の水産物を数えるときには、魚の種類を知るのと同じくらい、集計の境界を知ることが役に立つ。
生産の半分と、食べる分の半分は同じではない
2024年の水生動物生産で、養殖は全体の約五十三パーセントを占める。一億三百万トンを、漁獲と養殖を合わせた一億九千五百万トンで割ると、およそこの割合になる。
一方、FAOは食用の生産における養殖の割合を五十九パーセント超と説明している。全体では半分を少し上回る程度なのに、食用だけを見ると、さらに大きな割合になるのだ。
理由を考える入口は、生産された水生動物のすべてが直接人の食用へ向かうわけではない、という点にある。FAOの以前の報告では、魚粉や魚油などへの利用も区別されている。分母を「すべての生産」から「食用の生産」へ替えれば、養殖と漁獲の組み合わせも変わりうる。
このため、世界の生産量で養殖が半分を越えたという話を、そのまま自分の買い物かごの半分へ当てはめることはできない。どんな品目を食べるか、どの国で買うか、加工や貿易をどう経てきたかによって、身近な構成は違う。それでも、食用側で養殖がより大きな比重を持つという記録は、食卓から見た養殖の重要さをよく表している。
海だけを眺めていると、内陸の生産を見落とす
魚介類の生産と聞くと、海岸線の長い国を連想しやすい。だが世界の帳簿には、海だけでなく川や湖、内陸の養殖も入っている。国の水産業を海の広さだけで想像すると、この部分が視界から外れてしまう。
FAOの2022年版報告によると、水生動物生産に占める内陸水域の割合は、一九八〇年代後半の十二パーセントから、2020年には三十七パーセントへ広がった。報告はその背景に養殖の拡大を挙げている。三分の一を超える量が内陸という見方をすると、水産業の地図は海岸から内側へ大きく広がる。
ここでの「海か内陸か」と、最初の図の「漁獲か養殖か」は、別々の分類である。海でも養殖があり、内陸でも漁獲がある。内陸の量をすべて養殖と読んだり、海の量をすべて漁獲と読んだりすると、二つの区分が混ざってしまう。
生産の記録には、方法による切り口と場所による切り口が重なっている。獲るか育てるかを見た後で、海か内陸かを重ねると、養殖とは沖合のいけすだけを指す言葉ではない、と分かる。世界の魚介類が生まれる場所は、普段思い描く漁港の外にも続いているのだ。
養殖の地図は、世界へ均等には広がっていない
世界全体で養殖が増えたとしても、どの国も同じ割合で育てているわけではない。国際農研がFAOの2024年版報告を紹介した解説では、養殖生産の上位十か国が世界の約九割を占めるとしている。
挙げられるのは中国、インドネシア、インド、ベトナム、バングラデシュ、フィリピン、韓国、ノルウェー、エジプト、チリだ。アジアの国が多く、そこに欧州、アフリカ、南米の国が加わる。日本の売り場で身近な魚の産地だけを思い浮かべていると、見えていなかった国名に出会える。
この顔ぶれは、一種類の魚の生産順位ではない。国ごとに扱う生き物や生産の形は異なるので、同じ魚を同じ方法で育てる競争の順位表とは考えないほうがよい。世界の養殖という大きな箱の中に、いくつもの生産の風景が入っている。
また、生産が集中することと、食べる量が集中することも同じではない。最初の図の生産量と、二つ目の図の一人当たり供給量との間には、人口や貿易が挟まる。生産地の地図から食卓の地図へ一足飛びに移れないところに、食べ物の世界を辿る面白さがある。
世界平均は、地域の棒を二本足して割った値ではない
アジア26.3kgとアフリカ9.1kgを単純に足して二で割ると、17.7kgになる。図に示した世界平均の21.1kgとは一致しない。もちろん、世界にはこの二地域以外もある。加えて、地域ごとの平均をそのまま同じ重さで平均しても、世界の一人当たり量にはならない。
世界平均を作るときは、それぞれの地域の人口が関わる。仮に一人当たり量が同じ二つの地域でも、人口が違えば世界全体の供給量への寄与は違う。地域の棒の本数と、そこに暮らす人数を取り違えてはいけないのだ。
逆に、一人当たり供給量が少ない地域でも、人口が多ければ地域全体としては大きな量を必要とする。総量が増えたという記事と、一人当たり量が伸び悩むという記事が同時に成り立つのも、人口という分母があるためである。
この二つ目の図では地域差を見やすくするため、アジア、アフリカ、世界平均を並べた。三つの独立した地域の量を示しているわけではなく、世界平均には前の二地域も含まれる。図の棒を合計するのではなく、同じ一人分の物差しで、平均からの距離を比べて読むと分かりやすい。
魚介類は、生産地からそのまま食卓へ直行するとは限らない
FAOの2026年版報告の説明では、水生動物の生産の三分の一を超える量が国際取引に関わる。生産された場所の国名だけでは、その食べ物が最終的にどこへ届くかは決まらない。
取引の途中には加工や保存、輸送が入る。FAOは、複雑な供給網の中で水産物が消費者へ届くまで複数の国境を越える場合があることも説明している。一尾の魚、一袋の加工品にも、生産地だけでは表しきれない移動の履歴がありうるわけだ。
ここで数量と金額を分けると、もう一つの見方が生まれる。重さが同じでも、品目や加工の程度が違えば取引金額は同じにはならない。だから生産量のグラフから、そのまま売上や輸出金額の順位を作ることはできない。
最初の図は重さで世界の供給を比べた。その後に貿易の帳簿を開けば、同じ魚介類を価値と移動の面から眺められる。産地表示の国名は終点ではなく、その先にどんな道筋があるかを考える入口になる。いつもの食材が、地球の離れた場所にある池や港や加工場とつながっていると感じられる。
魚の頭数ではなく重さを数えると、見えてくるもの
今回の生産量の単位はトンだ。小さな魚を何匹、大きな魚を何匹という個体数の比較ではない。同じ一トンでも、そこに含まれる生き物の数は種類や大きさで違う。
この物差しは、世界へどれくらいの量が供給されるかを比べるのに向いている。一方、養殖が五十三パーセントだから水生動物の個体の五十三パーセントが養殖だ、と言い換えることはできない。種類をまたいだ集計では、重さで数えた構成と個数で数えた構成は別になる。
また、一種類の魚について増減を知りたいときには、世界全体の合計から種類別の記録へ降りる必要がある。合計が増えていても、その中のすべての魚が増えているとは限らない。多様な品目を束ねた大きな棒には、違う方向へ動く内訳も入りうる。
世界の記録から始めて、いつも食べる一品へ戻る。あるいは売り場の表示から始めて、国別や世界全体の記録へ広げる。生産の方法、場所、用途、移動を一つずつ重ねれば、養殖が漁獲を上回ったという短いニュースが、食卓を支える大きな変化として見えてくる。
辿った記録
データ取得・確認:2026年10月1日。比較は図に記した対象年・取得版による。本文を全面的に書き直し、図表と出典を更新しました。


