南極のオゾンホールは、もう治ったのだろうか。NASAの記録では、2019年の平均面積は930万平方キロメートルだった。ところが2020年には2350万平方キロメートルへ広がり、翌2021年も2330万平方キロメートルだった。小さくなった翌年に約2.5倍へ戻る。これだけを見ると、回復したという説明が間違っているように感じられる。
しかし、世界気象機関などの2022年科学評価は、南極のオゾン層の回復が進んでいると判断する。ここには二つの時間が重なっている。大気に残る原因物質が減る数十年の時間と、南極上空の風や気温が変わる一年の時間だ。面積の記録を長く辿り、さらに穴の「薄さ」を別の物差しで測ると、年々の拡大と長期的な改善が同時に起きる仕組みが見えてくる。科学評価報告の要約も、2019~2021年の大きな変動は回復の証拠を否定しないと説明している。
「穴」は空気のない場所ではない
まず、オゾンホールは空に開いた空洞ではない。オゾンが著しく減った領域につけた名前である。NASA Ozone Watchは、南緯40度より南で、大気の柱全体に含まれるオゾン量が220ドブソン単位を下回る領域の面積を計算している。地図の青い領域が広がるというのは、この基準より少ないオゾンしかない地点が増えることだ。南極大陸の陸地だけを測っているわけでもない。
ドブソン単位は、英字でDUと記される。地表から上空までの柱に含まれるオゾンだけを集め、摂氏0度、1気圧で純粋な気体の層にしたと考える。1DUは厚さ0.01ミリメートルに相当し、300DUなら3ミリメートル、220DUなら2.2ミリメートルとなる。上空に厚さ数ミリメートルの膜が浮いているという意味ではなく、広い高さに分散する分子の量を、身近な厚さに置き換えた表現だ。NASAの単位解説は、この区別を図とともに説明している。
220DUという境界にも観測の歴史がある。NASAのオゾンホールの解説によれば、1979年より前の南極の歴史的観測では、それを下回る総オゾン量は見られなかった。航空機による調査も、低い値と塩素・臭素によるオゾン破壊を結びつけた。境界は「完全にゼロになる線」ではなく、南極で人為的な減少を捉えるための線なのである。ここを押さえると、穴が消えることと、全世界のオゾンが同時に元へ戻ることを混同しなくなる。
同じ季節を切り出して40年を並べる
図1は1986~2025年の40年間について、毎年9月7日~10月13日の平均面積を並べた。南半球では春に当たる。同じ暦の期間を切り出すことで、ある年は一番大きい一日、別の年は一か月平均という比較のずれを避けられる。NASAの年別表には別に「日別面積の年間最大値」が載っているが、図1には使っていない。1995年は同表にデータがないため、線をつながず欠測として扱う。

グラフの数値を表で読む
| 国・年 | 平均面積 |
|---|---|
| 1986 | 11.3 |
| 1987 | 19.3 |
| 1988 | 10 |
| 1989 | 18.7 |
| 1990 | 19.2 |
| 1991 | 18.8 |
| 1992 | 22.3 |
| 1993 | 24.2 |
| 1994 | 23.6 |
| 1995 | 欠測 |
| 1996 | 22.8 |
| 1997 | 22.1 |
| 1998 | 25.9 |
| 1999 | 23.3 |
| 2000 | 24.8 |
| 2001 | 25 |
| 2002 | 12 |
| 2003 | 25.8 |
| 2004 | 19.5 |
| 2005 | 24.4 |
| 2006 | 26.6 |
| 2007 | 22 |
| 2008 | 25.2 |
| 2009 | 22 |
| 2010 | 19.4 |
| 2011 | 24.7 |
| 2012 | 17.8 |
| 2013 | 21 |
| 2014 | 20.9 |
| 2015 | 25.6 |
| 2016 | 20.7 |
| 2017 | 17.4 |
| 2018 | 22.9 |
| 2019 | 9.3 |
| 2020 | 23.5 |
| 2021 | 23.3 |
| 2022 | 23.2 |
| 2023 | 23.1 |
| 2024 | 19.6 |
| 2025 | 18.7 |
線は、一直線に悪化して、その後に一直線に治る形ではない。1986年の平均面積は1130万平方キロメートル、1987年は1930万、1988年は1000万、1989年は1870万だった。たった数年でも上下が大きい。一方で1993年は2420万、1998年は2590万、2000年は2480万となり、初期より大きな領域が繰り返し現れる段階へ進んだ。NASAの年別統計表を同じ列で読むと、短い変動と長い変化を一緒に確認できる。
この表の1979~2025年の季節平均面積で最大なのは、2006年の2660万平方キロメートルだ。2025年の1870万との差は790万平方キロメートルで、2006年を分母にすると約29.7%小さい。ただし、これは二つの年の差であって、毎年同じ速さで減ってきたことを示す数字ではない。例えば2015年にも2560万、2018年にも2290万という大きな面積が記録されている。最後の年と最大の年だけを結ぶと、途中にある冷たい春や暖かい春が消えてしまう。
図1の開始年より前へ表を遡ると、1980年の平均面積は140万平方キロメートルだった。2025年の1870万は、その約13.4倍になる。同じ2025年でも、2006年と比べれば小さく、1980年と比べればまだ大きい。「改善している」と「回復が完了していない」が両立するのは、基準とする年が違うためでもある。倍率は記録の対比であり、紫外線の増加倍率や健康被害の倍率を表すものではない。
2019年の小ささは、翌年まで約束しなかった
2019年から2020年への変化を、もう少し丁寧に計算してみよう。平均面積は930万から2350万平方キロメートルへ増えた。差は1420万、倍率は2350÷930で約2.53倍、増加率は約152.7%である。これほど大きな跳ね返りがある以上、2019年だけを見て「穴はもうほぼ解決した」と判断することはできない。逆に、2020年だけを取り出して「規制は無意味だった」と判断することも、この二点からはできない。
NOAAの2019年観測報告は、南極の成層圏が異常に暖かく、オゾンの減少が抑えられたと説明した。1988年と2002年にも似た気象条件があったという。図1で1988年が1000万、2002年が1200万平方キロメートルという谷になることは、その説明と対応する。ただし、この対応だけで気象の効果を何割と割り振ったわけではない。機構の説明には観測機関の解析を使い、表から読み取れる変化量と区別している。
2020年について、NASAの観測解説は、強く安定した極渦と冷たい成層圏を挙げる。極渦とは、極の上空を取り巻く大きな風の循環だ。暖かかった2019年には弱い極渦が極成層圏雲の形成を妨げたのに対し、2020年はオゾンを破壊する反応が起こりやすい条件が続いた。原因物質の量が同じ方向に緩やかに変わっていても、反応の舞台が年ごとに変われば、目に見える穴は大きく振れる。
冷たい冬と、戻ってくる日光が組み合わさる
南極で減少が集中するのは、原因物質が南極だけから出たためではない。冬の極渦が空気を周囲から隔て、非常に冷たい環境を保つからだ。その中で極成層圏雲ができる。雲の粒子表面では、普段は比較的安定した形で蓄えられている塩素を、オゾンを破壊しやすい形へ変える反応が進む。春に日光が戻ると、その後の光化学反応が働き、オゾンの急激な減少が起きる。
この順序には、日光があるからオゾンを作れるという話と、日光が戻るからオゾン破壊が進むという話が共存している。大気中では生成と破壊の両方が起き、その釣り合いを化学物質、温度、光、空気の移動が変える。冬の間に反応の準備が整った南極では、春の光が減少を加速する側にも働く。さらに気温が上がり、極渦が弱まると、周囲のオゾンを多く含む空気が混ざり、季節の穴が閉じていく。
だから、春の終わりに穴が閉じたという報告も、そのまま長期回復の完了宣言にはならない。季節の終わりに空気が混ざることと、翌年以降に破壊を起こす物質が十分減ることは、別の変化である。NASAのデータ説明は、年ごとの面積と深さの変動に温度の違いが関わると記している。春だけを同じ期間で比べる図1は、この季節性を揃えるための比較でもある。
広さだけでなく、いちばん薄い部分を測る
地図上の面積は、基準より低い場所がどれだけ広いかを表す。ところが同じ面積でも、境界のすぐ下の値が多い年と、中心部が極端に低い年では、オゾンの状態は異なる。そこで図2は別の指標を使う。南緯40度より南の観測範囲で日ごとの最低総オゾン量を求め、9月21日~10月16日の期間で平均した値である。南極全域の空間平均でも、その年のたった一日の絶対最低値でもない。

グラフの数値を表で読む
| 国・年 | 日最低量の期間平均 |
|---|---|
| 1980年 | 203 |
| 1994年 | 92.3 |
| 2006年 | 98.4 |
| 2019年 | 167 |
| 2020年 | 102.6 |
| 2025年 | 138.3 |
1980年は203.0DU、1994年は92.3DU、2006年は98.4DU、2019年は167.0DU、2020年は102.6DU、2025年は138.3DUだった。面積の図では小さいほうが穴の広がりが少ない。一方、この棒では高いほうが、最も薄い地点に残るオゾン量が多い。図の向きが逆なので、棒が短いことを改善と読んではいけない。ここでも2019年から2020年には、オゾン量が大きく低下している。
2019年と2020年の差は64.4DUで、2019年を分母にすると約38.6%の低下になる。ただし、そのままオゾンホール全体の総量が38.6%減ったとは言えない。日ごとの最低地点は移動し得るし、図2は最も薄い地点を追う統計だからだ。穴全体の不足量を知るには、各地点の値と面積を組み合わせた別の量が必要になる。NASAも面積、最低オゾン量、質量欠損をそれぞれ別項目として公開している。
広さと薄さの順位が一致しない例は、1994年と2006年である。平均面積は1994年が2360万、2006年が2660万平方キロメートルで、2006年のほうが広い。ところが図2のオゾン量は1994年の92.3DUが、2006年の98.4DUより低い。広い穴が必ず最も薄い中心部を持つわけではない。さらに二つの平均期間は少し異なるため、面積とオゾン量を掛け算して、その年の失われた量を計算することもできない。
観測のない場所をどう扱うかで、指標も変わる
この長い記録は、一台の衛星が40年間ずっと撮影したものではない。NASAの資料では、初期はニンバス7のTOMS、1993~1994年はメテオール3のTOMS、1996年以降はアースプローブのTOMSが使われた。2004年11月から2016年6月まではオーラ衛星のOMI、その後はスオミNPPのOMPSへと引き継がれている。人類が積み上げた観測の列には、機器を交代させながら比較を続ける作業も含まれている。
さらに、衛星で測れない場所の扱いは二つの図で同じではない。NASAは、面積の計算では軌道の欠測や極夜の領域を、大気モデルと観測を組み合わせた同化データで補う。一方、最低オゾン量は処理済み衛星データに実際に含まれる値から求め、観測がない場所を補間しない。そのため、見えない領域にもっと低い値があれば、本当の最低値より高く見積もる可能性がある。
図2で値が高くなった年を読む際には、この観測範囲の条件も必要になる。数字を疑って捨てるためではなく、どこまで説明できる物差しなのかを知るためだ。面積は広がりを捉えるがモデルによる補充を含み、最低量は薄さを捉えるが未観測地点を埋めない。二つを並べる利点は、同じ答えを二回描くことではなく、互いに見えない部分を確かめられることにある。1995年の年別データは、ここでも推定して追加していない。
冷蔵庫の歴史が、数十年後の空に残る
長期の回復がゆっくりなのは、原因となる物質が大気に長く残るからである。冷媒や噴射剤などに使われたCFC類は、地表近くでは安定している。そのため一部が成層圏まで運ばれ、紫外線で分解されて塩素を放出する。NASAの原因物質の解説表では、CFC-11の大気寿命は52年、CFC-12は102年とされる。寿命は一個の分子が必ずその年数で消える期限ではなく、大気中の除去の速さを表す尺度である。
1987年に採択されたモントリオール議定書は、こうした物質の生産と消費を規制した。しかし、工場の生産を止めた日から、空に既にある分子もなくなるわけではない。昔の設備や製品に残る物質からの放出、大気中での長い滞在、成層圏へ運ばれる時間が重なる。台所や職場の冷却設備に使われた化学物質の履歴が、南極の春に遅れて現れる。この距離と時間のずれが、身近な製品と遠い観測を結びつけている。
塩素と臭素の影響をまとめて捉えるため、研究者は「等価実効成層圏塩素」という指標も使う。含まれる原子の数だけでなく、成層圏への輸送や分解、臭素のオゾン破壊の強さを考慮した量である。穴の面積が結果側の記録なら、こちらは破壊を起こす条件を原因側から追う記録になる。年ごとの天候に揺れる面積だけに頼らず、原因物質の変化も照合することで、規制後の長期的な方向を判断できる。
観測の始まりと、現象の発見は同じ年ではない
年別表が1979年から始まるのに、オゾンホールの発見が1985年と説明されるのも、興味深い時間のずれだ。NASAの観測史によれば、英国のハレー基地では1957年からオゾン観測が始まった。1985年に研究者たちが南極の春の減少を論文で報告し、1986年にはNASAが衛星データから、その現象が南極の地域的な規模で起きていることを示した。記録を取り始めることと、その記録の異常を認識して説明することには段階がある。
地上の観測点は長い時間の変化を示し、衛星はその異常がどこまで広がるかを示す。さらに航空機の観測では、オゾンを破壊する反応に関わる一酸化塩素が多い場所ほど、オゾンが少ないという関係が確かめられた。単に青い地図が見つかっただけでなく、地上、宇宙、飛行中の観測を重ねて、原因の説明が組み立てられたのである。現在の年別表は、その後も測り続けた結果として読むことができる。
この違いは、1980年が回復の基準に使われる理由の理解にも役立つ。基準年は「空気中に原因物質が全くなかった年」を意味しない。南極で著しい減少が起きる前の状態へ戻る目安として選ばれている。表に1980年の小さな面積が載っていることと、1980年を回復目標の基準にすることは矛盾しない。境界より下の領域を数える統計と、特定の季節や地域の総オゾン量が以前の値に戻る評価を、別々に読めばよい。
南極、北極、広い世界では回復の時計が違う
WMOが2023年1月9日に公表した2022年評価の説明は、現行政策が維持される条件で、1980年のオゾン量への回復を南極で2066年ごろ、北極で2045年ごろ、それ以外の広い世界で2040年ごろと見込む。科学評価が示す近全球平均の範囲は南緯60度~北緯60度である。南極と北極の見込みには約21年、南極と近全球平均には約26年の開きがある。これは既に観測された回復年の一覧ではなく、将来の条件付き予測だ。
この三つの年は、図1の面積がその日に必ずゼロになるという予定表ではない。どの地域で、どの季節のオゾン量を、どの基準へ戻すのかによって、回復の意味が変わる。南極の春の深刻な減少と、極域を除いた広い地域の平均は、同じ物差しの対象ではない。北極でも冷たく安定した冬から春には深刻な減少が起こり得るが、年ごとの変動が大きいため、南極と同じ明瞭さで傾向を検出できるとは限らない。
図1から直線を引いて2066年の面積を予想することは、ここでは行わない。原因物質の将来量、温室効果ガスが成層圏に及ぼす影響、大気循環などを扱う科学モデルによる評価と、二つの観測年を結ぶ算数は違うからだ。また、2025年の値を見て、2022年の評価全体を再計算したことにもならない。本稿の役割は、完成した年の数値で現象の振れ幅を示し、その読み方を科学評価の説明と照合することである。
日差しの話へ戻るとき、面積をそのまま持ち込まない
暮らしとの接点は紫外線である。NASAのオゾン解説が述べるように、成層圏のオゾンは太陽からの紫外線を吸収する。一方、地表近くの過剰なオゾンは人や植物に有害になる。同じ名前の分子でも、どの高さにあるかで生活との関係は変わる。オゾン層を守ることは、地表のオゾン濃度を増やすことを意味しない。
また、南極の穴が前年比で約2.5倍になったからといって、日本のある場所で浴びる紫外線も約2.5倍になるわけではない。穴の面積は南緯40度より南の領域を集計したもので、日本の頭上のオゾン量を測っていない。実際に地表へ届く紫外線には、頭上のオゾンのほか、太陽の高さ、雲、地表の反射なども関わる。科学評価の「20の問いと答え」は、これらを分けて説明している。遠い地域の面積を、自分の曝露量の倍率へ置き換えることはできない。
それでも、2019年の930万、2020年の2350万、2025年の1870万平方キロメートルという並びは、身近な環境情報を読む手がかりになる。小さかった一回の観測を完治とせず、大きかった一回を全期間の失敗ともせず、同じ範囲と季節で辿る。そのうえで、広さを測る数字と薄さを測る数字、観測された過去と条件付きの未来を分ける。南極の空の記録は、人が使った物質の長い残響と、その年の上空の天候を、一枚の地図に重ねているのである。
資料確認日:2026年10月9日。数値は同日に確認したNASA Ozone Watchの年別表による。図1は1986~2025年、図2は比較に用いた6年を表示し、本文では表にあるそれ以前の年も参照した。2026年は9月7日~10月13日および9月21日~10月16日の集計期間が未終了のため比較に含めない。割合は公開表の丸められた数値から算出し、小数第1位程度に丸めた。図から独自の統計的回復傾向を推定していない。
一次資料:NASA Ozone Watch:Annual Records/Annual Averages、NASA Ozone Watch:2025年の観測指標とデータ処理方法、NASA Ozone Watch:ドブソン単位の定義、NASA Ozone Watch:オゾンホールの定義と化学反応、NASA Ozone Watch:南極オゾン観測の歴史、NASA Ozone Watch:等価実効成層圏塩素と原因物質の寿命、NOAA:2019年の小さいオゾンホールと成層圏の高温、NASA:2020年の広く深い南極オゾンホール、WMO・UNEP:Scientific Assessment of Ozone Depletion 2022 要約(NOAA掲載)、WMO・UNEP:Twenty Questions and Answers About the Ozone Layer 2022 Update(NOAA掲載)、WMO:2022年科学評価による地域別の回復見通し(2023年1月9日)